Tuesday, June 09, 2009

ハンス・コパー展


写真:Bonhams より

ハンス・コパー展が日本で開催されると巷の噂になっている。
そのドラマティックなポスターを見つけた。

ハンス・コパーとルーシー・リーのこの写真を見たら
彼らを知らない人でも、これはいったい誰だろう、と
興味を持つに違いない。写真から溢れる物語性。
静かに、けれど
情景からさわやかにそよいでくる詩情。
美しさ。
力強さ。

ただでさえコパーの造形は見る人の心を射る。
最初不思議で、見るほどに染み入る、そして
魅了する。この作品の作者、コパーという人は
どういう人だったのだろう、どういう生き方をして
どのようにこの作品を生み出し、何を想って
作り続けたのだろ、と思わずにいられない。

1995年、偶然訪れたニューヨークのメトロポリタン
美術館
でルーシー・リーとハンス・コパーの二人展を
開催していたた。その年の春、ルーシー・リーは
亡くなり、遺作展ともなった。あの時は
ルーシー・リーに心ときめいて、ハンス・コパーの
印象が強くない。

見た瞬間に心を捉えるのはルーシー・リーなのだ。
ハンス・コパーの作品は最初不思議、見れば見るほど
どうしようもなく心を奪われるのに。

同じニューヨークの近代美術館MOMAでもコパーの
コレクション
があるとは知らなかった。しかも
この形は非常に希だ。
黒のマンガン釉、ベースに円盤を垂直にした胴体が
立ち上がり、トップはこれまた3Dの円盤を今度は水平に
乗せてある。非常に奇妙な、けれどすぐれた造形美と
つくづく思う。

でも究極の作品はやはりキクラデス形(上写真)
だろう。古代ギリシアを思わせる究極のフォルムだ。
心が研ぎ澄まされて初めて可能なかたちなのだと思う。

Monday, May 11, 2009

MAY'Sの片桐舞子とアルビノーニのアダージョ

朝日新聞にMAY'Sの曲について 「悲しい曲ならいざ知らず、曲は明るいのに幸福感で 聞き手が涙してしまうのが2人の音楽の不思議さだ」 と書かれていて言い得て妙と改めて感じた。 

 例えば May's / 梢 歌詞を聴いているとなんと幸せできれいな詩かと思う。 同時にふいに涙が溢れる。これは涙腺に何か 不思議なちからが加わるのだとしか思えない。  

もしもいつか過去に戻れるのなら   君が生まれたその日を選びたい  
ずっと先の未来で待ってるから   小さな君に誓うよ 僕が運命だと  

もしもいつか未来に行けるのなら   君が消えてくその日を選びたい  
千年先も変わらず愛してるから   何度でも伝えたいよ 僕が運命だと 

 パワフルなハスキーな声と言葉をきちんと伝える力を 持っているからだろうか。メロディーだけでは起こりえない 作用をもたらす。声と詩のコラボレーションだ。 

 対極に音楽(メロディー)のみで人の心をふいに 感涙にむせぶ(開高健だったか?アラスカを車で 移動しているとき、ラジオから聞こえてきたこの 曲に思わず感涙した、とあった)作用をする曲がある。 アルビノーニのアダージョ 

 この静謐な、心にしみいる曲は、人の記憶また個人の記憶に 深く入り込んで心を揺さぶる。

ルーシー・リーの器を見ている ような。

Thursday, March 19, 2009

ほんの小さな悲しみ

いつもなら何でもないほんの小さな嫌なことがふたつみっつ 重なって、押さえきれない悲しみに襲われることがある。 

 いつもなら何気なくやり過ごすかすかな心の揺れなのに、 とてつもない大きな力に身動き取れない、と感じる。 くだらないほど小さな、恥ずかしいほどつまらない「嫌なこと」   

声を聞きたかった人があわただしく電話を切った   
仕事で質問したら相手が面倒くさそうに答えた   
せまい道で対向車がパッシングして通り過ぎた   
約束がキャンセルされた   
車が水たまりを跳ね上げていった    

そんなことが2度3度あって思わずどっと涙があふれる。 自分がとても惨めに感じる。相手が悪気があるわけでもなく 自分が悪いわけでもない。ただひどく自分がみじめ。 

 そんな時、一人で映画を見る。また本屋で何時間も立ち読みする。 コーヒーショップでぼんやり街を行く人を見る。 または早々と眠る。

一晩眠ると朝は元気になっている。

Saturday, March 07, 2009

ルーシー・リーについて森山明子氏エッセイ

デザインサイトのうつわ展でカタログを買った。
アポロ11号からスーパーカミオカンデからミノス文明から
殷の甲骨文字から漢字の器から琵琶湖の歌からヴィーナスから
西洋の象徴体系から能動原理から受容原理から(ところで
能動の反語は受動ではないか?)

「静かな工房で危険な旅をしていたのだ」から縄文土器から
中国夏王朝から景徳鎮、
ネイティブ・アメリカンの口承詩から「瓶は智慧ある者の
別名」(ところでこれの原典は何だろう)から、、、

盛り沢山の引用知識。圧倒され、、、、そして
空しくなってしまった。 

この人はルーシー・リーについてご存知だったのだろうか。
それとも時間がなくて書物や引用できる知識を駆使した
のだろうか。

しかも「私は男性によって創られた」を恋情と言い換えている。
これは間違いだ。
それに発音。decade はどうしたって de'keid でしょう。
ディケードとは言いません。

森山氏はデザインに関して豊富な経験と知識をお持ちの方だ。
けれどルーシー・リーについて語るにはふさわしくない。または
十分にリーを理解していない。上っ面の言葉、知識の羅列に
感じられてしまう。

私の独断と偏見によれば
ルーシー・リーとその作品はこのエッセイの対極に在る。

sympathy を装って書かれているがその実自分の書いている文に
対するsympathy でしかない。

何をこの人は言いたかったのだろう。

Monday, February 23, 2009

金子光晴の「洗面器」

放浪の詩人、と言われる金子光晴にこんな詩がある。  

洗面器のなかの  さびしい音よ。  
くれてゆく岬(タンジョン)の  雨の碇泊(とまり)。  
ゆれて、  傾いて、  疲れたこころに  
いつまでもはなれぬひびきよ。  
人の生のつづくかぎり  耳よ。おぬしは聴くべし。  
洗面器のなかの  音のさびしさを。 

 寂しくうらぶれているのに、どこか甘美な響きがする。 思わず繰り返したくなる言葉のリズム。 寂しいけれど甘いにおい。 暗いけれど宵闇ではなく夜明け。 暗い海の波と港の人間の生活のにおい。ジャワの。 詩の前に括弧書きがある。 

 「僕は長年のあひだ、洗面器といふうつはは、
 僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思って いた。
ところが、、、(中略)、、、、などを煮込んだ カレー汁をなみなみとたたへて、、
(中略)、、、、その 同じ洗面器にまたがって広東の 女たちは、、
(中略)、、、、しゃぼりしゃぼりとさびしい音を 立てて尿(いばり)をする。」 

 これを読んで突然目の前に人間の営みの匂いや音や暗闇が 見えてくる気がする。

Saturday, February 14, 2009

三宅一生氏「うつわ展」

21_21ホームページより 21_21のデザインサイトでルーシー・リー、ジェニファー・リー、 木工のエルンスト・ガンペールの3人展が開かれている。 

 私の見たいのはやっぱりルーシー・リー。1989年の草月会館 と同じ安藤忠雄氏の会場構成で水に浮かぶ作品群は限りなく 静かで美しい。でも本当は当時と異なる展示を期待していたので (どんな見せ方をするのだろう、と)ちょっと残念。

 けれどやはりルーシー・リーの器はとても水に馴染む。 うつわの遠景とシルエットが心に刻まれる。 ふと、これがジェニファー・リーでなくて ハンス・コパーのうつわだったら、と想像してみる。 やっぱりどうしたって、ルーシー・リーとハンス・コパーでしょう。 対峙させるなら。

 対峙でなく、共にならべるとしたらなお一層ハンス・コパーでしょう。 どんなに美しく豊かな空間が生まれることだろう、と思う。 展示の中のルーシー・リーの器に、ハンス・コパーかと思わず 目をこらした作品があった。表情といい、形といい、テクスチャーが ハンス・コパーのサックフォームを思わせる。

こういう作品も あったんだ、とあらためて思う。 ルーシー・リー作品のコレクター、デイビッド・アッテンボロー卿が、 

 (今も)オークションなどで、かつて見たことのない釉薬、形の作品に 出会う。
それでいて見た瞬間にまがいもなくそれがルーシー・リーの 手になる物だとわかる。

 と言っている。

直感する、と言って良いだろう。一瞬でそれが彼女の 作品だ、と感じてしまう。
心に入り込む。理屈ではない。 20世紀に生まれてルーシー・リーとハンス・コパールーの作品に 出会えた幸せ。それを見ることのできる幸せ。 

 私はコレクターではないし、所有したいとは思わない。もちろん 今は大変高価な作品だから買えるわけもないけれど。ただ、 もし豊かであったとしても、買って飾って見ていたいという 欲はほとんどない(全くない、と言わないところが自分でも 不本意なのだけど)。

 本を開いて、ルーシー・リーの作品を見る。ハンス・コパーの キクラデス・フォルムを見る。床に寝そべってパラパラと 本をめくる時間の幸せ。  

Wednesday, February 04, 2009

報道写真考「ふたたび「少女とハゲワシ」

というか。私はこの少女とハゲワシの構図を美しいと思い、 そういう自分の捉え方に恐れおののいたのだ。

 カメラを捨てて何故少女を助けなかったか、というごくまっとうな 非難に、私もまた次元のことなる出来事のように 切迫感を持たないでいた。

少女が危険な状態であったらこの写真は なかっただろう、という漠然とした思いがあった。 

 ハゲワシの危険より、生涯の大半を 飢餓の状態で過ごしてきたであろう少女の 取り返せない時間を思った。

 そしてフォトグラファーが死んだという報道に、 非難の声と、さらに(私も含めた)もの言わぬ多数の人たちに 立ち向かえなかったケビン・カーターの繊細さを思った。

 「私 は祈りたいと思った。神様に話を聞いて欲しかった。 このような場所から私を連れ出し、 人生を変えてくれるようにと。」

という彼の告白は なんとまともで、なんと強烈に響くことだろう。

Tuesday, February 03, 2009

ハゲワシと少女、アフリカにて

14,5年も前になるだろうか。アフリカスーダンで女の子が くずれるようにしゃがんでいる。その後ろに大きなハゲワシが 襲いかかろうとしている写真がニューヨークタイムズに発表された。 

 カメラマンはピュリッアー賞を獲得し一躍有名になったが 報道か救命か、何故少女を助けなかったかと非難され 後に自殺した、と記憶している。

誰もがその後少女は どうなったか、ハゲワシの餌食になったのでは、という 想像を誘ったからだ。 長いことあの真相はどうだったのだろうか、カメラマンは何故 自殺したのだろう、と心にひっかかっていた。 

 同じ思いを持ち続けた人がいたとみえてこの前後のいきさつを 紹介しているブログを見つけた。Ameharaと名乗る人の 「あるカメラマンの死」という引用テクストだ。 『絵はがきにされた少年』 藤原章生 集英社 「第一章 あるカメラマンの死」から、とある。 

 それによると、この写真の撮影時、母親はそばにいて 国連の配給食料を得ることに夢中になっていたらしい。 荒野の真ん中にぽつんと少女と鷲がいると思いこんでいたけれど まわりには人が沢山いたという。

そしてこの写真が撮られたあと 少女は立ち上がって歩き出したという。 この写真を撮ったケビン・カーターの自殺の真相はわからない。 けれど、ピュリッアー賞を取った3ヶ月後、彼はヨハネスブルグ 郊外で車に排ガスを引き込んで自殺した。

 遺書には友人の名と別れた妻の名、電話番号、そして 一緒に撮影現場に行った彼の友人ジョアオ・シルバを指して 「言葉に出来ないほど彼が好きだ」と小さな字で記されていた いたという。

 彼自身の告白が残されている。 「この(写真を撮った)後、とてもすさんだ気持ちになり、 複雑な感情が沸き起った。フォト・ジャ-ナリストとして ものすごい写真を撮影したと感じていた。この写真はきっと 多くの人にインパクトを与えると確信した。 写真を撮った瞬間はとても気持ちが高ぶっていたが、 少女が歩き始めると、また、あんたんたる気持ちになった。

 私 は祈りたいと思った。神様に話を聞いて欲しかった。 このような場所から私を連れ出し、人生を変えてくれるようにと。

 木陰まで行き、泣き始めた。、、、、」 (NHK教育「メディアは今―人命か報道優先か・ピュリツアー賞・ 写真論争―」94・6・30放送) 「Amehare」さん引用集より。 

 このテクストは2008年12月13日付になっている。何とも15年も経って 同じ頃に同じようなことに関心を持って掘り起こしたひとがいるのだ。 

『絵はがきにされた少年』 藤原章生 集英社 「第一章 あるカメラマンの死」を私も読んでみよう。 これは報道カメラマンの倫理を問う論争にも繋がった センセーショナルな写真であり、またそのカメラマンの死が それを一層印象を強くした出来事だった。

 けれどやはりこれも今橋映子氏の指摘した「(美しい)棘」と言える のではないか。背景を理解しないままにカメラマンを非難した人々も そしてこの今こうやって15年を経てあの事件の真相、 写真の背景を知りたいと思う私も、あのショッキングな写真のもつ 棘故なのだと思う。

Monday, February 02, 2009

今橋映子著フォト・リテラシー

報道写真が好きだ。好きだけれど、魅せられるけれど何かがいつも 心にくすぶって重い澱のように残ったままでいる。

 魅せられる自分がいるのにそういう自分にうしろめたさを感じ 悲惨な現場を美しいと感じる自分に反発を感じていた。 それを言葉に出来ないでいた。 

 今橋映子はその著書、「フォト・リテラシー」の中で、彼女もまた スーザン・ソンタグの「他者への苦痛のまなざし」から言葉を 紡いでそれが何で何故なのかを解いてみせている。

 美しいと感じる自分に後ろめたさを見る自分。
その事に対して 写真は「美しい棘」に成り得る。

逆には優れた報道写真 ー決定的瞬間に限らず、
対象の選択と技法が、明確な 思考あるいは正確な取材に裏付けられ、
しかも対象への 共感を失わない写真 ーこそが、歴史と人間の様態を、
記憶の断片として定着し得るとすら言える。 

 という。

そしてそれが「思考の契機としての写真」を肯定する。 
であるなら、悲惨さに美を感じてうしろめたさを抱くことにすら 
意味があるということだろう。 

 なんとも深い思考に裏打ちされた写真の「読み方」でなんと 
優れた本だろう。 

 それにしても今橋映子さんってすごい才能だ。

みたびルーシー・リー展

3月13日からルーシー・リー展が開かれる。ミッドタウンの 21_21デザインミュージアムだ。

なんとタイムリーなことに テレビ東京の「美の巨人」でルーシー・リーを取り上げる という。もちろん三宅一生さんの一声だろう。

 驚くほど若い人たちがルーシー・リーの名前を知っている。 感性が合えば権威も歴史も関係ないという若い人特有の 柔軟さがルーシー・リーとその器をファッションと同じ感覚で 捕らえている。 

 この秋にはルーシー・リーと工房を共にし、後に工房を フルームに移してからも終生変わらない友情を分かち合った ハンス・コパーの展覧会も開かれるという。 

 来年もまた国立新美術館でルーシー・リー展が開かれるなど、 ルーシー・リー、ハンス・コパーがいかに人々を 惹きつけて止まないかをあらためて思う。 

 そうそう、銀座のみちばという懐石レストランでも身近に ルーシー・リー作品を見ることが出来る。新宿の京王デパート でも先週だったかルーシー・リー展をしていた。 

 ルーシー・リーという人の頑固な生き方は女性達に(というか 男性にも、かな)大きな勇気をくれる。ただひたすら 好きな物を創り続けることへの勇気。

 そしてルーシー・リーとハンス・コパーとの親愛は まるで自分にとってもひたすら大切な宝物のように思えてくる。

Thursday, August 14, 2008

Left Alone, Mal Waldron

ビリー・ホリデーが詩を書きマル・ウォルドロンがメロディーを 書いた曲。 

 Billie holiday / Mal Waldron 

Where's the love that's made to fill my heart? 
Where's the one from whom I'll never part? F
irst they hurt me, then desert me I'm left alone, all alone 

There's no house that I can call my home 
There's no place from which I'll never roam 
Town or city, it's a pity I'm left alone, all alone 

Seek and find they always say 
But up to now it's not that way 
Maybe fate has let him pass me by 
Or perhaps we'll meet before I die 
Hearts will open, but until then 
 I'm left alone, all alone 

この曲をビリー・ホリデーの声で聞きたかった。
もちろん ジャッキー・マクリーンのアルトサックスはしみじみと聞かせる。 
心が静かに静かに海の底へ沈み込んでいくような。 

ああ、暗い暗い、と思いながらこれを聞きたい気分の時もある。 
昔モダンジャズを教えてくれた人はコルトレーンの 「朝日のごとくさわやかに」 が好きだった。タイトルがいい。

Softly, as in a morning sunrise. 

 歌詞はアイロニーに満ちているけれど、タイトルだけは なんだか本当にさわやかに朝日が満ちてくる感じ。 

Softly as in a morning sunrise 
The light of love comes stealing Into a newborn day 
Flaming with all the glow of sunrise 
A burning kiss is sealing 
A vow that all betray 
 For the passions that thrill love 
And take you high to heaven 
Are the passions that kill love 
And lelt it fall to hell So ends the story ・・・・・・・・

Wednesday, October 31, 2007

ハンス・コパー



















日本語版「ハンス・コパー」表紙
 日本語版「ハンス・コパー」裏表紙
 




フランス語版「ハンス・コパー」表紙 フランス語版「ハンス・コパー」裏表紙

Hans Coper. ハンス・コパー、いうまでもなくハンス・コパーはイギリスの
陶芸作家。20世紀の3大巨匠に数えられる。あとの二人はルーシー・リーと
バーナード・リーチだ。

ハンス・コパーとルーシー・リーは共にナチスを逃れイギリスに亡命している。
ハンス・コパーはドイツから、ルーシー・リーはオーストリアから。

ロンドンのアルビオンミューズに小さな工房を構えたルーシー・リーのもとへ
仕事を求めてやってきたハンス・コパーが訪れる。それ以来ハンス・コパー
が亡くなる1981年まで二人はお互いに強い影響を与え会いながらそれぞれの
作品を作り続けた。

二人のまれにみる親密で長いパートナーシップは人々の関心を引きつけてきたが
それはまた別に書こう。今紹介したいのはハンス・コパーについての本だ。

ハンス・コパーについては陶芸家でもあるトニー・バークスが唯一ともいえる
伝記作品集「ハンス・コパー」と「ルーシー・リー」を著している。その
表紙デザインは、フランクフルトブックフェアで最も美しいとして賞を
獲得しているという。確かにシンプルで淡いブルーがかったバックに作品を
置いた透明感のある表紙で非常に美しい。

最新の英語版と同時に出版された日本語版「ハンス・コパー」は同じ
表紙で同じデザインだ。

ところが最近出版されたフランス語版を見てショックを受けた。オレンジの
フォントでタイトルを、また裏表紙もオレンジを使った大胆なデザインだ。
表紙はハンス・コパーの妻ジェイン・コパーの撮った、作品の写真をカット
している。

日本語版・英語版がシンプルで静寂を思わせる美しさの一方、フランス語版は
「動」と優れたデザイン力を感じさせる。しかも内容やハンス・コパーの
作品をきちんと理解したうえでデザイン構成がなされているとわかる。

ふーん、これがフランスなんだ、と感じた。日本語版・英語版の
「ハンス・コパー」は美しい。静かで凜としている。一方フランス語版は動だ。
大胆なデザインで見る人を惹きつける。
どちらもすばらしい。でもフランス語版はそのデザインによって完全に
「フランス語版」になっているという意味で一歩先をいっている気がする。

Sunday, September 16, 2007

桂 銀淑の声 - 「都会の天使たち」

何年かアメリカでくらして日本に帰ってきた頃。ふと聞こえてきた歌の声に 心がくぎづけになった。

ハスキーなというよりしゃがれているという表現の ほうがあたっているような太い女性の声。 かなり以前テレビではやったドラマの主題曲という。 なんとかユンシュクという韓国の歌手、と友人に教わり紀伊国屋の2階にある レコードショップへいく。 なんとかユンシュクという、、、と聞いたらすぐにその歌手のコーナーに 案内してくれる。

なんだ、聞けばすぐわかるくらい有名な歌手だったんだ。 「堀内孝雄ベスト・ソング集」デュエット:桂銀淑。 そう、この声だ。 演歌は歌詞が陳腐のうなり節。と思いこんでいた(はて、これは演歌では ないのだったか?)。まあ分類はどうでもいい。でも陳腐と思いこんでいた そんな種類の歌でこんな声に出会えた。 

 しかも歌詞までなかなかいい。 
 「瞳を閉じれば 幼い昔へ 誰でも帰れる せめて愛する人が 隣にいたら 夢の中まで 連れていけるはず、、、」 

 思わず引き込まれる声との出会いはほとんど瞬間的だ。 堀内孝雄の 
「この都会に 眠りの天使たちが」 に続いて 「遊びに疲れて」と彼女の声が聞こえるとき思わず全神経を研ぎ澄ましてしまう。 やはり心を震わせる声というのは受け手の生理的なものだろう。 

顔かたちや性格、しぐさ、笑い方、話し方、その人の持つ空気。 これらはたったひとつを取り上げてその人の全体を判断することはない。 けれど、声は瞬時に身体が拒絶したり受け入れたりする。 桂銀淑の声は心をとらえて離さない。もっと聞きたい、といつも思う。 さびれた声。しゃがれた声。低く太い声。 

「苦手なはずなのに例外」ではなく、彼女の声はまさに私が大好きな、 心を魅了してやまないハスキーボイスだ。

テレサ・テンの透明感あふれる声

高い声、細い声、いわゆるきれいな声、は苦手だ。 

私のベクトルの中で最も苦手なのは高く細い声。 
 パバロッティの声は「高い太い」で、苦手な中の例外だ。 彼の声は、私にとっては声そのものがそういった分類にあてはまらない 魅力にあふれる声質と言える。 

 テレサ・テンの声もベクトルでいえば苦手の部類なのだけれど、これも例外。 透明感にあふれている。苦手の最王手、森山なんとかというフォーク歌手の 声や姉妹で童謡を歌っていた歌手の高い声と決定的に違うのは声の質としか いいようがない。もちろん、私にとっては、ということだ。 

 テレサ・テンの声には味わいというか、透明感の中に ふと心をすくわれるような声質がある。ちらりと見せるだけなのだが、 「哀」を感じさせる声の色が発声の瞬間にある。

 でも彼女の歌の中には陳腐な歌詞もある。明らかに、男が女にこうあって 欲しいという願望から男の作詞家によって書かれたのだろうと 思うような。 

 「貴方の色にそまりたい、、」とか「貴方の胸できれいになれた、それだけで もう命さえいらないわ、、」とか。 

 こんな言葉を歌っていながら ことばのすみずみまでていねいに発音した実にきれいな発声をしているな と思いながら聞いている。

ビリー・ホリデイの歌・詩

I'll be seeing you. の訳を「貴方に会えるでしょう」 と書いた。

 直訳すれば「貴方を見かけるでしょう」「貴方を想像するでしょう」 となるだろう。

 けれど亡くなった(または戦争でもどらない)恋人を偲び、 思い出の場所場所で貴方を想像してしまう、そこに貴方を見る、 貴方を見かけるわ、、、。 やっぱり、会える、ではなく見る、かな。 

 「いつもの街角で、いつものあの小さなカフェで、 貴方を見かけるでしょう。 これからも。 そんな風に貴方を想うの。」

 I'll be seeing you In all the old familiar places、、、 

 ビリー・ホリデイの声と詩とメロディーとが 完璧に解け合って、おおげさに言えばひとつの時代を語っていると思う。