Monday, February 23, 2009

金子光晴の「洗面器」

放浪の詩人、と言われる金子光晴にこんな詩がある。  

洗面器のなかの  さびしい音よ。  
くれてゆく岬(タンジョン)の  雨の碇泊(とまり)。  
ゆれて、  傾いて、  疲れたこころに  
いつまでもはなれぬひびきよ。  
人の生のつづくかぎり  耳よ。おぬしは聴くべし。  
洗面器のなかの  音のさびしさを。 

 寂しくうらぶれているのに、どこか甘美な響きがする。 思わず繰り返したくなる言葉のリズム。 寂しいけれど甘いにおい。 暗いけれど宵闇ではなく夜明け。 暗い海の波と港の人間の生活のにおい。ジャワの。 詩の前に括弧書きがある。 

 「僕は長年のあひだ、洗面器といふうつはは、
 僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思って いた。
ところが、、、(中略)、、、、などを煮込んだ カレー汁をなみなみとたたへて、、
(中略)、、、、その 同じ洗面器にまたがって広東の 女たちは、、
(中略)、、、、しゃぼりしゃぼりとさびしい音を 立てて尿(いばり)をする。」 

 これを読んで突然目の前に人間の営みの匂いや音や暗闇が 見えてくる気がする。

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